Tさんとの苦しみと葛藤

彼と出会う2年前に別れた、当時、ついに本物のツインソウルに出会った!と思ったTさん。

 

はじめの3ヶ月は、Tさんが私に猛アタックをしてくるのを拒絶していた私だったけど、あることをきっかけに急に目覚め、Tさんこそが運命の相手だったと感じた私は、Tさんと付き合うことにした。

 

それまでの私は、自分の感覚というものを信じていて、はじめはそうでなかった男性を(恋愛的に)途中から好きになるなんて絶対にないことだと思っていた。

 

でも、意外とこんなこともあるんだな…と、思ったものだった。

 

しかし、こんな情熱的な男性は初めてだというようなTさんだったけど、付き合ってみると、いろいろと物足りなさを感じ始めた。

 

まず、2人の会う回数が少ない。

 

Tさんの仕事場は、私の家から、遠目の散歩をするならば歩いていけるくらいの距離にあった。

 

一方、Tさんの実家は、車で一時間以上かかる遠距離で、Tさんはそこから車で通勤していた。

 

仕事が終わったあと、少し私と会うなども出来るはずなのに、ほとんどそれをしようとしなかった。

 

仕事が終わると、パッと家に帰っているようだった。

 

Tさんは、仕事とプライベートのオンオフの切り替えが出来にくいタイプだったのかもしれない。

 

確かに、Tさんの仕事はとても忙しそうで、忙殺されていた面もあっただろう。

 

完全な休みの日が、月1あるかないかというくらいのときもあった。

 

(彼の方が、仕事の休みはしっかりとあってプライベートを楽しめる余裕がありそうに見えた。)

 

あと今思えば、私はTさんの仕事の疲れを癒すような存在ではなかったのだろう。

 

あまり私に心を許していなかったともいえるのではないだろうか。

 

Tさんの仕事が午前中で終わる日、そのあと会ったことがあった。

 

なんとTさんは、仕事が終わったあと、車で一時間以上かかる実家まで一度帰り、シャワーを浴びて着替えてから、私に会うためにまた車でこっちに戻ってきたようなのだ。

 

普通だったら、それだけで疲れ果てるのではないかという行動で、まあ、いい言い方をすればTさんは「エネルギッシュ」だった。

 

思えば、Tさんは自然体ではなく、すごく力が入っていた。

 

それは、私との関係性でもあるかもしれないし、相性によってはTさんが心を許して自然体になれる相手というのがいるのかもしれない。

 

Tさんと付き合っていた頃の私は、33〜34歳で、最も女が結婚に焦るような年齢でもあったけど、なかなかそんな話も進まない。

 

はじめは、天国のような気持ちでTさんと付き合いだした私だったけど、だんだんと苦しみと葛藤を感じ始めるようになった。

Tさんと彼と出会ったときと最後に会った日

やっぱり、書くということは気づきに繋がる。

 

一昨日書いたことで、初めて気がついたことがあった。

(*ツインソウルだと思っていたTさんとの出会い)

 

当時、ツインソウルだと思っていたTさんとは、出会ったときも険悪で不協和音、最後に会った日も険悪な雰囲気で別れたということ。

 

(*Tさんと彼と最後に会った日のこと)

 

Tさんと最後に会った日、捨てゼリフを残して車から出た私を、Tさんがキレて後ろから大声で怒鳴りつけてきた。

 

Tさんの、そんな感情的な姿を見るのは、それが最初で最後のことだった。

 

それについて、私はイヤな感じはしなかった。

 

心が解放される感覚があった。

癒しの感覚すらあった。

 

今思えば、Tさんの怒鳴る姿を見たとき、私の心は透明になっていた。

 

そのときは、それが最後の日だとは思いもよらなかったけど、意識の奥ではきっと分かっていたのだろう。

 

Tさんと私との間の破壊力というのは、そんなになかったのだろうと思う。

 

もし、彼に怒鳴られたりしたら…私は破壊されていただろう。

 

普通の感情的な次元のものではなくて、細胞が粉々に破壊されるような次元で…。

 

だからこそ、私と彼との間で、感情をぶつけ合うようなことは回避されていたのだろう。

 

彼は決して、彼の中の抑圧を、私に向けて解放してはこなかった。

 

(*彼の抑圧は、決して私に向けて解放されてはいけないものだった)

 

 

彼とは、出会った日も最後に会った日も、終始、穏やかで和やかな空気が2人の間に流れていた。

 

最後に会った日は、出会ったときよりもさらに2人は和やかで、今思えば、喜びに溢れていた。

記事総集 2020年9月

彼は、あんな大人ではない (9月1日)

 

もう許せ (9月2日)

 

あの…神のような男と…! (9月3日)

 

会いながら男女間の距離を保つということ (9月4日)

 

Sさんと会いました…! (9月5日)

 

こんな私をそんなに愛してくれるのなら… (9月5日)

 

任務遂行中のストイックな戦士は (9月6日)

 

「入籍しました。」 (9月7日)

 

Sさんと強烈にエネルギーで繋がる感覚 (9月7日)

 

『私のもの』を引き受けてくれるということは (9月8日)

 

無償の愛を与えてくれるのは男性側 (9月9日)

 

空っぽの器にドンとそのままそこに入ったかのように (9月10日)

 

家系(先祖)のカルマ解消とは (9月11日)

 

優しい女性が好き (9月12日)

 

神のような神々しさ…! (9月13日)

 

性的な部分のみ削除されているかのような(?) (9月14日)

 

絶対にその手を離さないで (9月14日)

 

もし、もう一度、君に会えるのなら… (9月15日)

 

彼は、ずっとずっと苦しみ続けていた (9月17日)

 

受動喫煙が元で死亡するのは女性が多い (9月17日)

 

私の救世主は、私が小6のとき幼稚園 (9月18日)

 

やっぱり、最後に会った日かな (9月19日)

 

人々が理想とし続けてきたスタンダードなヒーロー像 (9月20日)

 

フレッシュで画期的だった新ツインソウル概念 (9月21日)

 

〜言えなかった「好き」という言葉も〜 (9月22日)

 

私を抱き締めてください…! (9月23日)

 

私に愛を見せて (9月24日)

 

絶対に私を離さないのは彼の方 (9月25日)

 

彼に向けて発信するものは即座に自分に返ってくる (9月25日)

 

『ツインブログ』を書くことのヘビーさを吸収してくれたもの (9月25日)

 

〜ダメな私の最後のモテ期〜 (9月26日)

 

神の力が働いている2人 (9月27日)

 

女神な女性がしないこととは (9月27日)

 

ツインソウル情報との関わり (9月28日)

 

夢の中で (9月29日)

 

私の良き理解者であった男性 (9月29日)

 

当時ツインソウルだと思っていたTさんとの出会い (9月29日)

 

発信力 (9月30日)

 

音信不通のランナーとは (9月30日)

音信不通のランナーとは

◎音信不通のランナー  ◎ ランナーが再び音信不通に

 

このランナーとは、兄のことだ。

こんな言い方をすれば、まだ気が紛れる。

 

兄が電話に出なくなってしまった。

最近は、私自身はもう、かけてないけど。

 

何回かけても、4コールで留守電が出るらしい。

 

今日は9月の最終日。

8月はダメだったけど、9月に期待をかけ…そして…進展の気配はなし…

 

ここの希望が閉ざされると…自分の墓がバーンッと浮かんできたりして…

 

兄のことにしても彼のことにしても、とにかく自分の意識が両極端。

 

それが達成されなければ、あとは死に直結するのみというこの感覚…

 

彼と出会って8年11ヶ月、どんなに彼とは不可能に思えたとしても、どうしても彼を断ち切ることが出来なかったのも無理はない。

 

父の知り合いの先生の著書に書いてあった文章で、ものすごく心に響いた部分があった。

 

『たとえば古い家屋の倉庫を整理していて、曽祖父の遺書を発見したとしよう。

 

遺書には、故人が果たせなかった悲願が書かれていた。

 

三代前の祖先は、自分の人生でそれを実現したいと願っていた。

 

曽祖父の悲願は、彼の生における「可能性」だった。

 

しかしその願いは、曽祖父の生においては叶えられず、「不可能性」と化していた。

 

もし遺書を発見した曾孫がその悲願を引き受け、自分の生において果たそうと歩み始めるならば、「不可能性」はふたたび「可能性」に転化する。

( 中略)

 

今日の社会でも、特定の人たちに向けて遺書が書かれるとき、あるいは不特定多数を対象に、インターネット上で闘病記が配信されるとき、そこには潜在的にではあれ、この種の「継承」と「生成」に対する願いが込められていると考えられる。』

 

 

今人生で、彼とは成就できないかもしれないという気持ちになったとき、こう考えると気持ちが救われるかなと思ったときがあった。

 

〜私は、自分が成し遂げられなかったことを、あとの人たちに託すという願いを込めて、このブログを書いているのではないだろうか〜

 

でも、そう思ってみて感じたこと。

 

彼のことは、それでいいかもしれないけど…兄の方は、そうはいかーーーんっ!

 

これは、今世で、しっかり成し遂げて完結させなければいけないことだ、と。

 

…そして、兄と彼は(私の意識の中で)どこまでも一体で、この2人が切り離されることはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

発信力

発信力というのは、男性性の感じがする。

 

今の私には、『発信力』というものがあまりないように感じる。

 

(昔の方が、まだあったかもしれない。)

 

このブログも、発信しているという感覚があまりない。

 

メールの下書きをして、送信ボタンをまだ押してない状態のものを読んでくれてる人がいるような感覚を、夜中に感じたことがある。

 

発信されず、ジッと同じ場所にいるブログ記事を、向こうから歩み寄ってきて読んでくれてる人がいるという感覚。

 

エネルギー的には、自らが出すよりも、外側からエネルギーが入ってくるほうが大きいような、エネルギー循環の図式を感じたりした。

 

男と女のエネルギーの流れの図式にも似ているのかもしれない。

 

 

当時ツインソウルだと思っていたTさんとの出会い

彼と出会う2年前に別れた、当時、ついに本物のツインソウルに出会った!と思ったTさん。

 

Tさんとの出会いの場は、夜の飲み会だった。

 

(対して、彼とは早朝の交流会で出会った。

Tさんとは夜に出会い、彼とは朝に出会った。)

 

初対面のTさんが、しょっぱなから、ものすごく私のツボに触れるような皮肉な言葉を、私に向かって言ってきた。

 

ザザーッと私の心のシャッターは降り、強烈な苦手意識をTさんに感じた。

 

いわば、Tさんのはじめの印象は、ものすごく悪かった。

(韓国ドラマとかにありそうな設定でもある。)

 

でも、実は、Tさんの方は、私に一目惚れしていたのだ。

 

(のちに、その日、私が後から店に入ってきた瞬間、店内の空気がパッと変わったのを感じたと、Tさんから聞いた。)

 

そのうち、はじめは私と離れた席にいたTさんが、「席替えをしましょう!」とキッパリと言い、私の前の席にギュウギュウと移動してきた。

 

Tさんは、周りの空気を読むよりも、自分の目的を達成することを優先するところがあった。

 

Tさんが、フンフンとした勢いで私の前の席に移動してきて、私も居心地が悪く圧迫感で、な…なんだ…この人は…と、怯えていた。

 

(彼と出会ったときは、こういった不協和音は一切なく、はじめから終わりまでずっと穏やかで和やかなものが2人の間に流れていた。)

 

それからというもの、Tさんの私への猛アタックが始まり、毎日のように電話がかかってくるようになった。

 

私の対応は、とても素っ気ないものだったけど、Tさんはめげずに電話をかけ続けてきた。

 

はじめてかかってきたときだったか、「スゴく、自分と(私が)似てる気がして。」と、言ってきて、

 

な…何を言ってるんだ…この人は…勘違いも甚だしい…

 

と、思った。

 

とにかく、Tさんへの拒絶感と恐れを、私はひたすら感じていた。

 

でも、ある意味、Tさんの言っていたことは正しかったのだと思う。

 

Tさんと別れ、のちに彼と出会ってから知った、当時よりも細かいツイン情報で目にすることのあった

 

〜先に男性側が気づき、女性はあとから気づく〜

 

というものに、(彼よりも)Tさんの方が当てはまっていた。

 

Tさんとの最も初期の頃のことを掘り起こしていくのは、なにかヘビーさと苦しみが伴い、一気に書き進めるのは自分の意識に負担がかかる感じがするので、少しずつ書いていこうと思う。

 

Tさんとの最も初期のことを辿っていこうとすると、自分の中で何かがドロドロとうごめくような苦しさがある。

 

Tさんと出会い、あの頃からもう、カルマの解消と浄化のプロセスが始まっていたのだろう。

私の良き理解者であった男性

(*ツインソウル情報との関わり)

 

彼と出会う2年前に別れた、当時、ついに本物のツインソウルと出会った!と思っていたTさん。

 

Tさんは、ある面において、私の良き理解者だった。

 

Tさんの好きな女性のタイプは、『自己実現する女性』だったのだと思う。

 

私のことを「〇〇(私が仕事としてやっていたこと)をやってるオレンジさんが好きだ。」と、言っていたこともある。

 

自分が信念を持ってやっていることを、興奮して語り続けるような私、そんな女性が好きだと。

 

私が、当時やっていたブログの類も、熱心に読んでいてくれたようだった。

 

「スゴイ文筆力だ。」とか、「なんか、(読んでいると)伝わってきて嬉しいんだよね。」とか言ってくれたりした。

 

 

今思い返すと、初期の頃のTさんの私への想いは、愛というより、激情・熱情だったように感じる。

 

初期の頃、Tさんから、真っ赤にゴーゴーと燃え上がる、ガスバーナーの炎のようなものを感じた。

 

そのうち、それが消え、Tさんが黄色のイメージに変わった。

 

私への想いが落ち着いたのだろう。

 

ガスバーナーの炎というのは、燃えさかるときは激しくても、案外、燃料切れになるのが早いのではないかとも思う。

 

Tさんとの男女の恋愛的なものは終止符を打ったけど、Tさんの私の良き理解者であった部分のみ、今でも褪せることなく残っているような感覚。

 

他の部分は、愛というより激情・熱情だったとしても、そこだけは、Tさんの愛だった。

 

そして、その部分のみ、Tさんの永遠の愛として私の中に生き続けるものではないだろうか。

 

(ちなみに現在の私は、Tさん好みの女性とは、かけ離れてしまったけど。)

 

 

 

 

夢の中で

Tさんと彼が夢に出てきた。

断片的にしか覚えていないけど。

 

夢の中で、Tさんとお別れのようになったあと、私は自分の愛ある想いを伝えるような手紙をTさんに書いた。

 

ところが、それを出す前に、Tさんの方から、なんと姉の方に年賀状が届き、宛名で姉の名前が書いてある横に、書き殴ったような字で「妹様」と書いてあり、その「様」の部分に斜線が上から引かれている、悪意を感じるものだった。

 

本文も悪意を感じるものだった。

妹さんにこれを伝えてくれといったことが、おまけのように書いてあった。

 

もちろん、私もものすごく腹を立て、書いてあった自分の手紙を送るのはやめた。

 

反撃として、こちらも罵るような手紙を送ってやろうかとも思ったけど、そういうのもよくないだろうし、何も送らないことにした。

 

こんな最悪な男のことを、ブログに書いていいものなのかと、夢の中で思ったりしていた。

 

そして、夢の中での彼とのこと。

 

私が行く、人の結婚式の場に、彼も奥さんと来る予定ということ。

 

(彼が奥さんと来るという点、夢の中で何とも思っていなかった。)

 

とにかく、その会場に彼が姿を現わすことを、夢の中で一心に私は待ち続けていた。

 

ところが結局、彼は姿を現さなかった。

 

そんな感じの夢だった。

 

彼が夢に出てくるときというのは、実際に接触することがない。

 

彼を探し続けたけど、結局見つからなかったという夢を観たこともある。

 

夢によっては、彼の姿が向こうに見えたとしても、目が合うこともなく、会話をすることもない。

 

せめて夢の中だけでも仲睦まじく…ということにはならないようだ。

 

でも思えば、夢の中で彼に怒りを感じたり、険悪なムードになったことはなかった。

 

彼が出てくる夢を思い返すと、なにか抑圧感があり、そして透明なものが流れているような感覚。

 

 

 

 

 

 

 

ツインソウル情報との関わり

自分自身を見つめる手掛かりとして、当時、韓国スターのDをツインソウルだと思って追いかけているうちに、ついに本物のツインソウルに出会った!と思ったTさんについて書いてみることが必要なのではないかと感じた。

 

Tさんと別れた2年後に彼と出会い、彼のことはツインソウルだとは思わなかった。

 

こんな激しい想いと執着心を感じる相手はツインソウルではないのだろうという、独自の解釈もあった。

 

Tさんのときは、相手に苦しい執着心を感じず心の縛られないこの感じこそが、ツインソウルの、魂の愛なのだと思っていた。

 

彼と出会ってから3年半、『新ツインソウル概念』ともいえるものに出会うまでは、彼を熱烈に想い続けながらも、Tさんが私のツインソウルで、彼はソウルメイトだと思っていた。

 

それだけ、Tさんの存在は、私の中で、相当な重要な位置を占めているともいえる。

 

あと、Tさんは、私が一定の期間を過ぎるまで、ツインソウル情報に触れないようにするための、目隠しのような役割もしてくれていたのだろう。

 

彼に出会ってから、彼がソウルメイトでTさんがツインソウルと思っていた私は、今度は、ソウルメイトという概念に興味を持ち始め、ツインソウルについての関心を完全に失っていた。

 

ネットで、ソウルメイトについて調べたりするようになった。

 

ソウルメイトについて調べると、同じ記事の中に、必ずセットのように、ツインソウルの説明がくっついていたりした。

 

でも、ツインソウルへの興味が全くなくなっていた私は、一行たりともツインソウルの説明文を読まなかった。

 

今思えば、自分が強くその情報を拒否しているかのようでもあった。

 

当時は、ランナー・チェイサー・サイレント・偽ツインなどの用語が入る、現在のようなツイン情報は、まだ日本にはなかったと思う。

 

でも、〜ツインソウルは出会ってもなかなか上手くいかない〜とか、〜ツインソウルには別離が訪れる〜とか、そういった情報なら、当時でも出ていただろう。

 

当時、そういった情報を読んでいたら、私も希望を与えられただろうけど、全く読もうとせずにシャットアウトしていたのは、まだ知るべき時期ではなかったのだろう。

 

全く何がなんだか分からない、自分に何が起こっているのか何も分からない中で、もがかなければいけない時期だったのだろう。

 

振り返ると、全てが綿密にプログラムされていたかのようだ。

 

ここまで綿密にプログラムされ、このまま何もなく(彼とのことは)フェイドアウトなんてことあるのかな?と思ったりする。

女神な女性がしないこととは

ネット上で『禁断の愛』という言葉を目にして、過去のある出来事を思い出した。

 

彼と出会うきっかけとなった早朝の交流会に、私は彼と出会う2年近く前から、熱心に通っていた。

 

(動機は、主催者の男性に夢中だったからという。)

 

あるとき、19歳の大学生が初参加をしてきた。

 

未成年がその会に参加してくるなんて、初めてのことだった。

 

当時、比較的私と親しかったある男性が、なにを思ってか、私とその大学生に

 

「2人、つきあってみればいいじゃん。」

 

なんて言ってきた。

 

私も、「ちょっと年が離れすぎてる…。」と言って、でもその言葉で終わらせるのは冷たい感じになるかと思い、妙なサービス精神を発揮して、大学生に向かってこんなことを言ってしまった。

 

「禁断の愛になっちゃうけど、それでよければ♡」

 

もちろん、冗談・軽口ってもので、相手が適当に笑ったりして流してくれれば、それで済むことだった。

 

ところが、若き大学生は、焦ったように、

 

「いえ…僕はそういうのは…。」と、断りのような言葉を返してきて…

 

自分で蒔いた種ではあったけど、女としての自尊心が傷つく思いがした…。

 

そののち、みんなとの会話の流れで、年齢の話になった。

 

その場にいた30歳の男性の話のあと、私が

 

「私は〇〇君(その30歳の男性)より、ずっと上。」

 

と言ったら、大学生がすかさず「40代ですか?」と聞いてきた。

 

当時おそらく35歳くらいだった私…

 

ショックのあまり、感情的になり「ヒドイ!私のこと40代ですか?だって!」と騒ぎ立てた。

 

先ほどは、「オジサン」のようなマインドで余計なことを言っていた私が、今度は一転して「感情的な女丸出し」になって騒ぎ出していた感じ…。

 

(でも、今思い返すと、あの「オジサン」のような自分より、感情的な女丸出しになっていた自分の方が、まだ可愛く思えて好きという感覚も。)

 

周りの男性も、大学生に「オイ、とりあえず謝っておけ!」なんて言って、大学生も「すみませんっ。」と謝りをいれてきたりして。

 

女としての自尊心が傷ついた一連ではあったけど、そもそも妙なサービス精神であんなことを言う自分にも問題がある。

 

自分では無自覚だとしても、ああいった言葉を言う、その心の奥にあるものは、「ふてぶてしさ」なのだ。

 

『抑圧された女性性』『傷ついた女性性』ともいえるものかもしれない。

 

女が自分で自分を落とすようなことを(落としているという自覚もなかったりするんだけど)、冗談のように言うのって、優雅でないし潤いがない。

 

女神な女性は、そんなことはしないだろう。

 

あの頃の自分を思い返すと、自分の内面に固い岩がビッシリと固まっているような感覚を覚える。

 

彼に出会ってからの私は、内面の岩が砕け、心の奥が柔らかくなった。

 

彼と出会い、猛烈に彼を追って、たくましく打たれ強くアプローチをしていた自分を、まるで男みたいだと感じていたけど…

 

本当のところは、彼と出会って、私の女性性は蘇ったのだ。